くるみの面影

会社帰りに立ち寄ったスーパーで愛犬くるみに似たパピヨン犬が入り口近くにつながれていた。懐かしくて、スマホでパチリ。
くるみは4年前の12月に亡くなった。前日から食欲がなく体調がよくないように見受けられたが、まさか8歳10か月の若さで。明け方に大きくひと声泣いたので駆けつけたらすでに虫の息で、かみさんの腕の中で亡くなった。最後の力をふり絞って、知らせてくれたのだろう。悲しくて、悲しくて、もっと優しくしてあげてたらと後悔のばかり。
自分が死んで三途の川近くまで行ったら、対岸からあの鳴き声で案内してくれると信じている。

ちなみに今日のワンちゃんの写真を娘に見せたら、くるみのほうが美人だって。親バカだな。
くるみ。また、会おうね🎵

ずっと気になる青が島

子供の頃、地図を眺めるのが好きだった。東京から大平洋を南の方に目を向けると、伊豆諸島の最南端に八丈島があり、その左下にポツンと青ヶ島なる小さな島をみつけ、どんなところだろうと想像した。

そんな想いもあり、53歳になる直前の2010年6月にまずは八丈島への人生初のひとり旅をした。レンタカーで島をぐるぐる回りながら、様々な露天風呂に入り、親方の講釈を受けながら島寿司を食べ、町立歴史民俗資料館で流人の歴史を見聞きし、東京電力地熱発電所で地熱発電の仕組みを勉強したり、まさに大人の社会科見学のようだった。帰りの飛行機の窓から見た点々とつながる伊豆諸島の島々は地図を見ているようで、それでいて青く美しかった。

八丈島は関が原の戦いに敗れて流された宇喜田秀家がよく知られており、お墓を尋ねてみようかとも思ったが時間がなかったので断念。その替りでもないが、ちょうど宿泊したホテルのロビーに『海嘯 逸と富蔵の八丈島』(乾浩著)が置いてあったので、帰ってから読んだ。日本史の教科書にも出ている千島、樺太探検で有名な近藤重蔵の息子富蔵が八丈島に流されてきてからの物語であった。

そのあと、自分は6年間、ランニングの世界にのめり込み、時間にも追われそのあたりの興味が少し遠退いていたが、先日会社で『八丈島あしたばサブレ』を夏休みのお土産に配っていた女性がいて、ふたたび興味が湧いてきた。

そこで今度は青ヶ島のモーゼこと佐々木次郎太夫を主人公とする『島焼け』(高田浩著)を読んだ。青ヶ島天明の頃に発生した大地震により、八丈島に逃れたわずかな島民を除き多くが逃げ遅れ、16年間もの間、無人島となった。青ヶ島は二重カルデラの地形が最大の特徴で、周囲が断崖絶壁、そのため船をつけるのも困難で、八丈島までの70キロの航海も粗末な船をもってしては何度も海の藻くずに消えていった。そんなときに名主となった佐々木次郎太夫を中心に、様々な困難を乗り越えて、青ヶ島への環住を果たしたのであった。

さて、現代においても青ヶ島は人を寄せ付けない島らしい。八丈島からの2時間30分ほどの航路により、島に近づいても天候や波の高さにより就航できる確率は50~60%ほどとのこと、また八丈島からのヘリは座席数がたった9席で予約が大変そうである。

東京都にありながらそんな不便で、今は人口160人ほどの小さな島が青ヶ島である。
なぜか気になる青ヶ島、機会を見つけて尋ねてみたい。

経団連が就活ルール廃止を表明

そもそも学生の青田買い防止や教育機会の確保を目的に永い期間に渡って就活ルールなるものがあったが、経団連は廃止を表明したそうである。自分が就職した38年前は10月1日が会社訪問開始日だったがその後幾度か変遷があり、最近は3年次から決まる人は決まっていたようだ。
企業側からすれば少しでも優秀な学生を取りたいのは当然で、昔は新卒で入ってた人間を純粋培養し、社内で様々な部所を経験させ、経営幹部に選別するのが普通だった。 その結果、家族的な運命共同体が形成され、会社の業績も好調を維持できればそれが一番いいに決まっている。
しかしながら、世は常に変化していて会社としても新たな血、ノウハウを持った人間が欲しくなるし、要らない人間は評価を落し、できれば自主的に去ってくれと願うだろう。会社と人のミスマッチが顕在化してくる。
そのような先は、もはや新卒中心の採用ではなく、年齢に関係なく、優秀な人間をフレキシブルに採用していくことに行き着くのだろう。市場規模拡大が見込まれる前途揚々な企業ほど、新卒の採用枠を減らし、30歳くらいまでの中途枠を増やし、それ以降もノウハウを持った人間に対する枠を持つことになろう。
だいたい、新卒で入ってた会社に一生いなければならないなんて、バクチそのものだ。少なくとも30歳くらいまではお試し期間のようなものにして、大学出てからも、努力を怠らなかった若手の受け皿を拡大したほうが日本経済のためになると思う。

今日のランニング

今日はほぼ半年ぶりに佐倉市先崎を走るMy10キロコースを9キロ。真夏の暑さが収まり走れる気候になってきた。稲穂の水田がまさに黄金色に輝いていた。途中、旧家の縁側で日なたぼっこしているいつもの白猫は今日はお留守だった。
ボチボチ半年くらい鍛えれば3月くらいには3時間30分いけるかなと思ってしまう。あまり無理せず健康ランニングの先にそんな目標がいつの間にか射定内に入ってくればいいな。

孫と遊ぶ🚼

今日は娘婿が所用で外出、うちのかみさん、息子も 飲み会ということで、夕方から娘のうちで孫のあやし隊を命じられる。最近はずっと人見知りをされ泣かれていたが、今日は終始打ち解けた雰囲気。良かった🎵
孫はますます活発、表情が豊かになり、ベビーベットから今にもはみ出しそうな気配。時間が経つのが速い。子供とともにいると5年、10年もあっという間だろう。娘は子育て中の今このときを大切にしたいと言った。まだ若いじいじとしても孫との時間を大切にしたいものだ。子供は未来、子供は希望。また、遊ぼうね😉

女子体操宮川選手 vs 塚原夫妻の行方

またもかという感じである。
このような乱闘になれば、権力をかさに選手に圧力をかけていないことを証明することはできず、塚原千恵子さんは言動、風貌的にもかなり劣勢と思われる。
宮川選手もまだ精神的に未成熟な面がありそうだし、コーチが暴力をふるったのは事実であり、塚原千恵子さんが『これでは言ったもの勝ちじゃないの、お金をかけても戦う』という気持ちもわからないではないが、胸に手を当ててみれば思い当たることのいくつかはあるのではないか?客観的に自分を評価できれば、年甲斐もなく売られた喧嘩を買う的な行動には出ないだろう。70歳を越えて夫婦2人が権力を握っているのでお互いが相互に承認しあいながらエスカレートしているように見える。自分も老人の域に近づいてきたから言えるが、老人は周りが見えずに自己を正当化する傾向にあると思う。
今こそ、スポーツ界の各団体においては、会長、副会長、強化本部長などのポストは60歳になったら退くようルール化したらどうか。世界を目指すスポーツ選手は若いだろう。ビジネスの世界なら30歳ならまだまだ若手だが、スポーツ選手なら引退しているか、それに近い年齢だろう。だから、年齢差もせいぜい30くらいが限界かと思う。今回の騒動の当事者間はそれが53である。
塚原千恵子はどうでもよいが、ムーンサルト塚原光男は自らの晩節を汚さないで欲しい。

(おまけ)朝日生命は体操クラブを運営している場合じゃないと思う。株式会社なら総会で突き上げられるだろう。このたびの件でいよいよクラブの運営か手を引き、塚原夫妻は後ろ楯を失うのではないか?

娘の33歳の誕生日

今日は娘の33歳の誕生日だ。本人も33歳という響きに、もはや若くはないという想いをあらためて抱いたようだ。
ただ、親からみれば、いくつになっても子は子である。娘が生まれて病院で初めて対面したシーンや、ベビーカーに乗せて買い物に行き、せっかくもらった風船を手から離してしまいバイバイしたシーン、通勤前に娘の手を引き、社宅の隣の幼稚園に送り届けたら先生が待ってくれていたシーン、小学校のマラソン大会で2位でトップを追走してたとき思い余って並走したシーン、恒例の夏休みの旅行に早朝からワクワクしてみんなでクルマで出掛けたシーンなど、みんな懐かしい思い出であり、こころの財産のようなものだ。
さて、娘だが、今年4月に男の子が生まれて、母になった。毎日、母親として頑張っている姿をみるのが親として、何よりもうれしい🎵😍🎵今は近くに住むようになったので、会おうと思えばすぐ会いにいける。
これからもかみさんと一緒に、死ぬまで娘の支えになりたいと思う。