巨人のドラ1指名を蹴った選手

先日のTVで放送されていた。選手の名前は小林秀一、ドラフト会議当時(昭和48年)、愛知学院大学投手。拒否理由は『学生野球の指導者になりたいから』だったようで、実際にその後、母校の監督になり、全国大学選手権にも優勝した。

当時の巨人は日本シリーズ9連覇中、まさに球界の盟主であり、指名され、拒否されるなど夢にも思っていなかっただろう。最後、川上監督が直々に巨人に入るべきだと説得に当たったようだが、それで改めて拒否することを決断できたようである。

当時、巨人がドラフト会議で狙っていたのは、後の大洋の監督にもなった慶応の山下大輔。外れたら、作新学院の江川だったようで、ドラフト1位と言っても外れ1位だった。事前に接触もなかったようで、他にいなかったから指名してやった、有り難く思え的なオーラが出ていたと思う。

それであっても、巨人からのドラ1指名を受け、同郷の川上監督からの説得を受けても、初志貫徹した小林英一選手は凄かった。

番組の最後に『悔いはないか』聞かれ、『ない』と答え、『まだ人生は終わっていない。』と話していたが、前向きでぶれない生き方に共鳴した。

ちなみに我がドラゴンズのドラ1を蹴った選手は確かいなかったと思う。